この校舎で何をやっても、「最後の・・・」がつく日になりました。
ブランコに乗るのも、鉄棒をするのも、芝生でサッカーをするのも、今日が最後になってしまいました。
最後に、今日のお別れ会でも読みました室生犀星(むろうさいせい)の「きょうという日」という詩を載せておきます。
「きょうという日」
時計でも
十二時を打つときに
おしまいの鐘をよくきくと
とても大きく打つ
きょうのおわかれにね
きょうがもう帰ってこないために
きょうが地球の上にもうなくなり
ほかの無くなった日にまぎれこんで
なんでもない日になっていくからだ
茫茫(ぼうぼう)何千年の歳月につれこまれるのだ
きょうという日
そんな日があったかしらと
どんなにきょうが華やかな日であっても
人びとはそう言ってわすれていく
きょうを去るのを停めることができない
きょう一日だけでもよく生きなければならない








