『「詩のボクシング」ってなんだ!?』楠かつのり著(新書館)

 

 先月10月5日のペスタ・ブンガラヤでは、小学1年生から中学生までがそれぞれに素晴らしい表現力を発揮して、見事な発表をすることができました。

 子供たちの「伝える力」には心から感動しました。

 現在、表現力を高めるために毎月、詩作を行っています。

「書く」表現もさることながら、書いたことを「読む」表現も高めたいと思いました。

文字として書いた内容にそれほど面白みがなくても、読み方によって輝きを増すことはよくあることです。そこで、「詩のボクシング大会」を開催することにいたします。

 

「詩のボクシング」とは何か?

 今から28年前の1997年10月に、音声詩人・映像作家の楠かつのり氏が、声の言葉による新たな表現を見出すために日本朗読ボクシング協会 (JAPAN READING BOXING ASSOCIATION = JRBA) を設立、以後その実践の場として「詩のボクシング大会」を開催しています。

過去に全国大会が何度も開催され、教科書にも作品が載っている谷川俊太郎氏や、読売新聞『こどもの詩』の選者である平田俊子氏など、そうそうたる方々が優勝しています。

 

 「詩のボクシング」の意義については、氏の言葉を以下に一部引用します。

「~今、どうして「詩のボクシング」なのか~

 現在の日本は、豊かになった半面、失われたものを自覚させられている状況にあるといわれています。例えば、家庭や教育の現場で父親や教師の「権威的なコントロール」はもはや有効ではなくなっています。村落共同体を基にした日本的共同体も崩れ去りつつあります。このことは、少し大げさかもしれませんが、私たち日本人にとって、今は他人=他者が見えにくい時代を生きていると言い替えることもできるでしょう。いや、それはかなり控えめな言い方です。他者が見えないと言いましょう。これは生きる上で結構きついことです。なぜなら、他者が見えないとは、自分自身も見えていないことを意味するからです。

私は、他者を見つけ出すために新たなコミュニケーションの場を創り出す必要があると考えています。これは子供たちにとっては、新たな「遊びの場」を創り出すことです。子供たちは、その遊びの中で他者と交わることで、ルールの必要性や社会的人間関係のあり方を知り、自らを社会の一員にすることができます。

しかし、問題は、その新たな「遊びの場」をどうやって創り出すことができるか。「話す・聞く能力」、「コミュニケーション能力」、「生きる力」などなど、それらについていろいろな立場から考えを言うことはできますが、やはり重要なのはその場をどうやって具体的に子どもたちに用意できるかです。

 私は、その具体的な場として「詩のボクシング」を実践しています。

「詩のボクシング」とは、ボクシングに見立てたリング上で、2人の朗読ボクサーが自作の詩を交互に朗読し、観客=他者にどれだけ声を届かせたかをジャッジが判定をする「言葉の格闘技」です。この場では、独りよがりな言葉では勝てません。負ければ悔しい思いをしますが、そこで厳しい他者というものの存在を実感し、それと同時に他者とぶつかり合えることで互いの心を通じ合わせることにもなります。

 「詩のボクシング」の場では、声と言葉を他者に伝える表現力もさることながら、他者の声と言葉を聞く能力が育つと言われています。なぜなら、他者の声と言葉を聞く中で実際に伝わったという実感がなければ、自分の声と言葉を他者に伝えることはできないからです。

また、「詩のボクシング」には、ゲームとしての勝ち負けがあるので、表現に工夫をするようになります。私も、学校教育の現場で行われている「詩のボクシング」を観戦したり、実際に参加して子供たちと闘ってもみました。そこでの子供たちの生き生きとした姿に、「詩のボクシング」には多くの可能性があることを実感しています。

皆さんの学校でも、ぜひ「詩のボクシング」に挑戦してみてください。」

2詩のボクシングって何だ