『泣き虫しょったんの奇跡』 瀬川晶司(講談社文庫)
ある青年がプロ棋士になるまでの自伝的作品です。2007年の課題図書(高校)にもなり、2018年には映画化もされました。将棋が分からなくても感動する実話です。
プロ棋士になるためには、日本将棋連盟が運営する奨励会という養成機関に入会しなければなりません。アマチュアの最高は6段ですが、奨励会に入るためには、それと同等の棋力が必要です。
プロを目指す子は大抵中学生までには奨励会に入ります。6級からスタートし(つまりアマ最強が、奨励会のスタートということになります。)成績によって5級、4級…1級、初段、二段、三段と昇っていきます。
三段は「地獄の三段リーグ」と言われています。プロになるための最後の関門です。年2回のリーグ戦を行われ、上位2名だけがプロ(四段)になれます。ただし年齢制限があり、満26歳でプロになれなければ強制退会となります。地元では大人たちをなぎ倒し、天才と言われた子たちの多くが、26歳までに三段リーグを突破できず、失意のうちに将棋界を去っていくのです。
この本の主人公「しょったん」こと瀬川晶司も、小学校高学年で頭角をあらわし中学生の時に全国大会で優勝します。その後奨励会に入会して順調に昇段し、三段まで上り詰めます。しかし、どうしても上位2人に入ることができず、26歳で退会を余儀なくされます。
しばらく失意の底にいますが、やがてアマチュア大会に出場して好成績を収めるようになります。そしてプロ棋士との対局でも勝ち越し、周りの応援もあって、日本将棋界初の編入試験が設定され、念願のプロ棋士になる様子が書かれています。
この出来事だけでも大きな社会的ニュースなのですが、素晴らしいのは瀬川氏を取り巻く人々です。向かい側に住む将棋のライバルであり同級生の渡辺健弥くん、通った将棋センターの席主:今野靖宜さん、先輩プロ棋士の小野敦生さん、無口で研究家肌の父・・・そんな中で最も印象的なのは、瀬川氏が小学5年生の時に担任した苅間澤大子先生です。居るのか居ないのか分からないような瀬川少年が、この先生との出会いにより劇的に変わっていきます。苅間澤先生はとにかく子供たち一人一人を実によく見ていて、褒めて伸ばすことに長けていました。学級通信を毎日出し、クラスの誰かのエピソードを紹介したりもしました。
学級開きの日に、苅間澤先生は一人一人に自己紹介をさせ、好きなものなどを聞いていきます。瀬川少年は「ドラえもん」と答え、先生も「あ、私も好きよ…」と応える何でもないエピソードがあります。それが四半世紀の時を経て、重大な意味を持つのです。
日本中が注目する中、瀬川氏がプロ編入試験(6戦中3勝すればプロ編入)の大切な初戦に敗れて精神的に追い詰められます。そんな時、ドラえもんの絵が大きく印刷された葉書が届きます。絵の上には「大丈夫。きっとよい道が拓かれます」と書かれていました。苅間澤先生からの エールでした。結果、瀬川氏は将棋を始めた頃の初心を思い出し、3勝2敗で見事プロ編入を果たします。
プロになった瀬川氏は、苅間澤先生に会おうとしますが、先生はやんわりと断ってきます。「私は過去の人間。そんなことに気を遣うより他にやるべきことがあるはずです。」
教師としてのあるべき姿を教えられました。
ちなみに女性の棋士は存在しません。女流棋士はいますが、棋士とは全く別組織で運営されています。今まで何人もの女性が奨励会に入りプロを目指しましたが誰一人、三段リーグを突破できませんでした。
それが今年、女流棋士として活躍している福間香奈女流6冠が編入試験の資格を得て5番勝負に挑んでいます。3勝すれば初の女性棋士誕生となるのですが、1月の第1局、2月の第2局と連敗を喫し、崖っぷちです。
運命の第3局は3月27日に行われます!